平原草々の日記

思ったこと、音楽、本の感想など

ビューヒナーの「レンツ」

この作品、あるいはこの文体は、私にとって一つの理想と言えるものです。

といってもドイツ語の原文で読んだのではなく、手塚富雄訳「狂ってゆくレンツ」として、集英社の『ドイツ短編24』という本の中に収められているもので読みました。

現在では、岩波文庫で岩淵達治訳のものが手に入ると思いますが、私にとっては、この手塚訳の方が、最初に読んだこともありしっくりときます。

学生時代にパウル・ツェランという詩人に興味を持ち、その周辺をいろいろと調べていたことがありました。そのつながりで、このビューヒナーの作品に出会いました。

ツェランについてはまた書いてみたいと思います。特に、ビューヒナー賞受賞講演の「子午線」は、この「レンツ」にも触れており、難解な面もありますが、詩を書くことの本質に迫る、おそろしく胸を打つ文章だと思います。

さて、この物語は、疾風怒濤期のドイツの劇作家レンツという実在の人物が、現在でいう統合失調症と考えられる症状を呈し、周囲の人々の助けも空しく人格が荒廃していく様子を、緻密な筆致で描いたものです。

ビューヒナーの文章は、一文一文が切り詰められていて、必要なことが、必要な言葉で表現されていくように感じます。しかし、決して冷たく突き放したものではなく、漱石のいう「写生文」のように、どこか対象に対する慈愛が感じられるようにも思います。そして、この悲劇的な結末に向かって進行していく物語に、どこか穏やかな光が投げかけられているようにも感じます。

私も、このような文体で何かを書くことができればと思っています。