平原草々の日記

思ったこと、音楽、本の感想など

原民喜『夏の花・心願の国』

 原民喜には、子供の頃から変な先入観があり、原爆のことを怖ろしい筆致で描いた作家と思い込み、また、名前の「民喜」にも、どこか不気味な印象を感じていて、まったく読まずにいました。

それが、本年(2020年)のセンター試験の国語の問題として、原民喜の「翳」が出題されたとのことで、新聞に載っていたものを読みました。

すると、とても穏やかな文章で描かれた小説であり、私が思い込んでいた「怖い」というイメージはどこにもなく、ひたすら昔を懐かしんで、淡々と、しかし温かい目で眺めて描いているという印象を受けました。その文章は、どこか懐かしく、どこか物悲しい風情を湛えているように思えました。

そして、その文体に惹かれ、新潮文庫の「夏の花・心願の国」を買ってきて読みました。解説で大江健三郎も「現代日本文学の、もっとも美しい散文家のひとり」と言っている通り、ひたすら物静かに、客観的に物事を見つめ、できるだけ正確に表現しようする様子が感じられ、しかし、その中には温もりも感じられる文体でした。

やはり、原爆のことを描いた「夏の花」周辺の作品には、悲惨な内容も含まれていますが、決して陰惨とした調子ではなく、事実を、できるだけ正確に描き残そうとする強い決意が感じられました。

しかし私は、前半に収められた、妻の病気から死までを描いた作品群により惹きつけられました。原民喜とその妻は、二人の中で閉じた世界を形作っているように思われ、その世界の中で、原民喜は本当に幸福に生きていたのではないかと感じられ、その後の人生を知る身としては、何か物悲しい気持ちになりました。それゆえ、この時期のことを書いた文章が、より一層切なく、甘美な思い出として胸に響いてくるように思われるのです。

その後、岩波新書の伝記(梯久美子著「原民喜 死と愛と孤独の肖像」)も読んで、もっともっとこの作家の作品が読みたいと強く感じました。