平原草々の日記

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シューマンの「序奏と協奏的アレグロ 作品134」

シューマン最晩年の作品「序奏と協奏的アレグロ 作品134」を紹介します。

以前、シューマンピアノ三重奏曲第3番の記事を書いた時に、いつかこの作品についても書きたいと思っていた作品です。

もしかしたら、私の中のシューマン作品ナンバーワンと言えるくらい、愛している曲です。 


 この曲は1853年夏に作曲されています。

この頃、シューマンの精神はかなり危険な状況になっており、奇妙な行動が増え、コミュニケーションも取りにくくなるなど、状態は悪化の一途を辿っています。

この年の9月に、ヨハネス・ブラームスシューマン夫妻を訪ねています。

そして翌年、1854年の2月にシューマンライン川に身を投げ、その後、ボン近郊の精神病院で1856年7月に亡くなるまでの日々を過ごすことになります。

 

この作品はブラームスへ献呈されています。

ロベルト・クララ・ヨハネス(ブラームス

この三角関係は、後世いろいろな見方が提示されていますが、表面には出ないにしても、やはり、それぞれの内面では何かがあったのではないかと思われます。

この作品は、当初、クララとの結婚記念日のプレゼントとして新しいピアノとともに渡され、その後、どういう経緯かブラームスに献呈されたということを考えると、何か、この謎に満ちた三角関係の中を一巡した、象徴的な作品のように思えたりもします。

 

曲の内容ですが、

ピアノ協奏曲のように、独奏ピアノと管弦楽のための作品になります。

暗鬱な雰囲気に支配された序奏から、暗い情念をたたえたアレグロの開始、そして叩きつけるような第一主題、どこか懐かしい穏やかな第二主題(よく山田耕作の「赤とんぼ」に似ていると言われる)を主軸に展開していきます。

そしてピアノのカデンツァに至り、最後のコーダがやってきます。

私は、このコーダを聴くと平常ではいられなくなります。

ここの部分のトランペットの旋律を聴くといつも、天使がラッパを鳴らしながら、迎えに降りて来てくれるような感覚に襲われます。

この調べは、すべてを許し、すべてを慰めるような、天上の響きを教えてくれるように感じます。

この部分を聴くと、まるでシューマンはこの作品を通して、自分の音楽を、クララを含めて、ブラームスに移譲しようとしていたのではないかとすら、個人的に妄想してしまいます(実際作曲されたのはブラームスと会う前ですが)。

この作品はニ短調ですが、ブラームスのピアノ協奏曲第1番もニ短調という調性を採用しています。(ちなみに、ブラームスのピアノ協奏曲も2曲とも大好きです)

シューマンは、荒廃した精神状態の中で、周囲の人々の心の中や自分の運命を、すべてわかっていて、すべてを許していたのではないかと感じ、勝手にひとり涙を流しながら聴いています。

そしてこの曲は、死と隣り合っているようにすら感じられ、心が苦しい時にこの曲を聞くと、旋律の一つ一つが体中に突き刺さってくるような感覚に襲われます。

そして最後のコーダでは、本当に天に召されていけるような気分になります。

それは、どんな苦悩にも、最終的には、絶対的な許しが待っているのではないかと信じさせてくれる力があるように思います。

 

「Arts」レーベルから出ていた、ベネデット・ルーポのピアノ、マーク/スイス・イタリア語放送管の「ピアノと管弦楽の作品全集」というCDで聴きました。

そしてこのCDは、私の所有するクラシック音楽CDの中でベスト10に常時入るほど気に入っている一枚です。

ルーポのピアノは、音がとてもクリアで、技巧も高く素晴らしいです。

そしてバックのマーク/スイス・イタリア語放送管の渋い音色がシューマンの作品に、とてもマッチしているように思います。

 

このCDは、文春新書から出ている「クラシックCDの名盤」という本の、旧版の方で、評論家の福島章恭さんが、ピアノ協奏曲の名盤として紹介されていたのを読んで知りました。

新しく出た「新版 クラシックCDの名盤」では、違うCDが紹介されており、このCDのことには触れられていません。

私は、こんな名盤が陽の目を見ないことを残念に思っています。

その当時、「Arts」レーベルから、ペーター・マークの指揮したベートヴェンやモーツァルト交響曲のCDが出て、話題になっていた頃で、安かったこともあり、私も少しずつ集めて聴いていました。その中でも、このCDが、オーケストラの力量が高く、演奏は一番ではないかと思っていました。

CDはおそらく廃盤だと思われますが、ナクソスのミュージックライブラリーで聴けるようです。

また、マレイ・ペライアのピアノ、アバドベルリンフィルの演奏も、ペライアの美音、オーボエがおそらくシェレンベルガーということで好きですが、最後のコーダの部分のテンポが若干速く、余韻に浸れないので、そこの部分が不満です。

そして、この記事を書いた後、思い出してペーター・レーゼルのピアノ、マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウスの演奏を聴いてみたら、これがとても素晴らしい演奏で大変驚きました。この作品の醸し出す彼岸の気配を余すところなく表現しているように思えました。

 

気軽にいつも聴くような曲ではないですが、一度聴き出すと、最後は必ず涙なしには聴けないような一曲です。