平原草々の日記

思ったこと、音楽、本の感想など

新たな始まりのはじまり

・・・いつの頃だったろうか、僕は、彼女と草原の中にいて、お互いに何か言い交すわけでもなく、ただ、ぼんやりと春の空を眺めていたことがあった。

その頃、僕は心を病み、都会の喧騒をさけて、田舎の穏やかな世界で休息していた。時折、近くにある、以前牧草地だったと思われる草原に出かけては、流れる雲が、刻一刻とかたちを変えていくさまを、のんびりと眺めて過ごしていた。

よく晴れた日などに、彼女もここを訪れることがあった。

暗い翳りをおびたその表情から、彼女も僕と同じく、なにかしら心に傷をかかえて、ここに辿り着いた人間だということは察せられた。年は同じぐらいに見えたが、僕よりも憂愁の度合いが強いように思われ、その翳りが、彼女を大人びて見えさせた。

僕たちは、お互いの存在は認めながらも、特に何か話す訳でもなく、この春のひと時をそれぞれの心の内の中だけで過ごしていた。

一度、僕が好んで座っていた大樹の根元に彼女もやってきて、ほとんど背中合わせになるぐらいの近さで、彼女と過ごしたこともあった。ただその時も、お互いに自分の内にこもることで満足し、一言も交わすことはなかった。

今思えば、あの時、彼女はなにかしら僕からの言葉を待っていたのかもしれないと思う。

幾日か、春の優しい雨が降り、僕は草原には行かず、部屋の中で横になって過ごしていた。

しばらくぶりに晴れた空が見られた日、僕は草原へと出かけて行った。雨に洗われた草たちは一様に鮮やかさを増しており、季節が少しずつ夏に近づいていく気配が感じられた。

ふと、僕がいつも座る大樹の根元を見ると、彼女が座っていた。近づいてみると彼女の両肩が小刻みに震えているのがわかった。彼女は、声を押し殺して泣いていた。

そして、近づいた僕の気配に気づくと、すっと立ち上がり、僕に向かって泣きはらした顔そのままに歩み寄ってきた。まるで獣のように、茫然と立ち尽くす僕の体をぎゅっと抱きしめると、僕の胸に顔を埋めてまた泣き出した。

僕は、どうすることもできず、ただ茫然と立ち尽くしていた。

ひとしきり泣くと彼女は落ち着いたようで、僕を腕で押しやると、顔はそむけたまま「ごめんなさい」と一言だけ残して、向こうへ去って行った。 僕は、辺りに漂う彼女の残り香にくらくらしながら、その後ろ姿をいつまでも見送っていた。

その日以来、彼女がこの草原に来ることはなかった。

やがて夏が近づき、僕の心も次第に落ち着きを取り戻し、都会に帰ることになった。自然に囲まれた環境でやっと平静を取り戻した僕の心が、都会で再びやっていけるのか不安で一杯だった。

そして、久しぶりに登校した学校で、どこか見覚えのある女の子を見つけて・・・