平原草々の日記

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ショパンの「24の前奏曲集 作品28」

ショパンの「24の前奏曲集 作品28」を紹介します。

この曲集は、前奏曲とあって比較的短い曲で構成されています。また、ショパンが敬愛していたというバッハの「平均律クラヴィーア曲集」から想を得たと考えられる、個々の曲を24の異なった調性で作るという方法がとられています。

ただし調の配列は、平均律が同主短調を入れてハ長調から半音ずつ上がっていくのに対して、この作品は、平行短調を入れてハ長調から5度ずつ上がっていくように作られています。

個々の曲を抜粋して演奏することもありますが、おそらく全曲を連続して演奏することを想定して書かれているように思います。

一曲一曲が、ミクロコスモスと云うにふさわしい、短いながらも研ぎすまされた作りになっており、それぞれが、さまざまな心象風景の刹那的な一瞬を切り抜いたような輝きを持っているように感じ、連続して演奏すると、まるでプリズムのように、人間の心の持つさまざまな表情や感情の移ろいを感じることができるような曲集だと考えています。

そういった特徴から、他のショパンの作品とは若干毛色の異なる作品だと考えています。また、後年のドビュッシースクリャービン前奏曲集などにも影響を与えていると思います。

以前、取りつかれたように聴いていた時期があり、その頃は、ルービンシュタインサンソン・フランソワアルゲリッチポゴレリチ、リフシッツ、ブレハッチなどを聴いていました。

高名な音楽評論家の吉田秀和さんが「黒の詩集」と言われたエッシェンバッハのものも聴きましたが、私にはそこまでの演奏とは思えませんでした。

そして、それらの中で、マリア・ジョア・ピレシュ(ピリス)の1975年の録音(エラート盤)を当時は好んで聴いていました。

この演奏は、技術的には万全と言える演奏ではないと思うのですが、それぞれの曲の表現がそこまで重たくなく通して聴きやすいように感じられ、草原を吹き渡る一陣の風となって、さまざまな心象風景をめぐっていくような魅力が感じられます。

古い録音のため、若干音が悪いのが難ですが、しかし、その中からでも、ショパンの繊細な精神が浮かび上がっていく様がはっきりとわかる演奏だと思います。

この記事を書くためにこの演奏を聴いていて、ふと思い出したのですが、私は、この演奏を熱心に聴いていた頃、出張で東京に行くことがあり、虎ノ門で人を待っている時に、この演奏をヘッドホンで聴いていて、なんとなく、本当に漠然と「東京的だな」と感じたことを思い出しました。

どこかどうと言われるときちんと説明できませんが、その時はそう感じ、今も、その時の自分の姿や、周囲の風景が眼前に浮かんできます。

音楽を聴いていると、何か、急にピントがあったようなそんな瞬間が訪れることがあり、その瞬間は後々まで忘れることができないものだと思います。