平原草々の日記

思ったこと、音楽、本の感想など

シェーンベルクの「浄められた夜」

浄められた夜 作品4」は、シェーンベルクの初期を代表する作品で、調性は維持されていますが、ワーグナーなどの影響による半音階進行が多用され、官能的な響きに満ちた表現になっています。

ドイツの詩人デーメルの詩にもとづいて作られています。

詩の大意は、男女が月夜に歩いている。女性が告白する。私は身ごもっているが、この子はあなたの子ではないと、そしてそれを悔いていると。男性は答える。この子は世界の輝きに清められ、私たちの子供となるのだと。二人は口づけを交わし、また歩いていく、といったものです。

この作品は、シェーンベルクとの出会いの作品です。

学生の頃、実家にあったソニークラシック音楽のレコード集の中に、ブーレーズによるこの作品の演奏が入っていました。その演奏を聴いた時は、詩の内容に比べて表現があっさりしているなと感じ、あまり興味が湧きませんでした。

その後、カラヤンベルリンフィル弦楽合奏版のCDを買って来て聴きました。そして、この演奏のロマンティックで濃厚な香りにすっかり魅了されてしまいました。

この演奏は本当に繰り返し繰り返し聴きました。カップリングの管弦楽のための変奏曲は、当時はその良さがわからなかったので、とにかく、浄められた夜だけを聴いていました。

そして、高額だったウニヴェルザール社の赤いスコアを、お小遣いをためて買って来て、喜んで眺めながら聴いていました。

また、ピアノでも演奏したいと思い、自分で独奏用に編曲しようとしましたが、私の技術力では難しく、最初の方で挫折してしまいました。

その後、ラサール弦楽四重奏団による、この作品の当初のかたちである、弦楽六重奏のものも聴きました。これも素晴らしい演奏でとても好きですが、私の好みとしては、やはり弦楽合奏の濃厚な味わいが好きです。

最近は、シェーンベルクの作品を聴き返すことが少なかったのですが、うつ状態になってから、以前記事にしたポリーニピアノ曲集をよく聴くようになり、その後、ヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲など後期の作品も耳にし、以前はわからなかった、この作曲家の全体像や、各時期における作品の素晴らしさが、少しずつわかってきました。

そして改めて、若い頃に勉強のつもりで買ってはいたものの、きちんと聴いていなかったシェーンベルクのいろいろな作品のCDを引っ張り出して聴き直していく中で、久しぶりにこの作品も聴きました。すると、以前はわからなかった後期作品との連関もなんとなく感じられるようになり、また新たな視点で聴き直すことができました。

演奏はカラヤンのものはもちろん素晴らしいですが、その他に、インバル/フランクフルト放送響のものや、ホリガー/ヨーロッパ室内管のものを良く聴いています。

余談になりますが、以前、自分の中のテーマとして、20世紀初頭のヨーロッパ文化・芸術について調べたいという気持ちがありました。

なぜかというと、その当時は、19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパの文化・思想・芸術が、現在まで続く広い意味での人間の生き方に影響を与えているように思われ、その根源を考えてみることで、現代を生きる上でのヒントや、未来へ向けての新しい運動を考えることができるのではないかと思っていたからです。

 テーマとしては、精神分析現象学印象派表現主義・イメージ(写真、映画)などを考えていました。

今後、時間があれば、そういったテーマで何かものを考えてみたいと思っています。