平原草々の日記

思ったこと、音楽、本の感想など

フロイト『精神分析入門』を読む②

今回は、第二部「夢」に入ります。

第五講「種々の難点と最初のアプローチ」
フロイトはまず「夢そのものがまさに神経症的な症状であり」「精神分析の研究対象となる」と言います。
夢は視覚が優位であり、その人だけが見ることのできる映画みたいなものではないかと思います。その内容を人に語るのは困難でしょう。
しかし、フロイトは、「夢をみた人が語るがままのものを、その人が見た夢とみなし、本人がなにか忘れたり、変更を加えたりしているかもしれないという顧慮をすべて棄ててしまえばいい」と言います。
眠りと夢について考察し、「夢とは、眠っている間に働きかけてくる刺激に対して心が反応する仕方なのです」と言います。
その後は夢を取り上げることのさまざまな困難について語り、最後に「白日夢」を取り上げると言います。

第六講「夢判断のいろいろな前提と技法」
フロイトはまず「夢は身体的現象ではなく心的な現象であると仮定しましょう」と言います。
そして「夢は夢を見ている人の作品であり、自己表現であるということになります」と言い「夢をみた人に向かってあなたの夢はどんな意味をもっているのかときけばいい」と言います。
そのことから「精神分析は謎の解決をできるだけ被験者自身に行わせるという技法に忠実なのだ」と言います。
「夢をみた人はその夢がなにを意味しているのかを知っているのだ、ただ自分が夢の意味を知っているということを知らないのであり、そのために自分が知らないと信じているだけなのだ」。そして「つまり人は自分が知っていることを全く知らずにいる」と言います。
これは、人間心理を考える上でとても重要なことだと思います。
錯誤行為の時と同様、夢の解釈を試みる際「われわれは、夢をみた人にどうしてそんな夢をみるようになったのかと尋ね、彼がその場ですぐに言うことをその説明とみなそうというのです。彼が何事かを知っていると信じていようと信じていまいと、そんな相違には目もくれないで、どちらへ転ぼうと本人の答えを唯一のものとして取り扱うのです」
そして「出発点となる表象をしっかり念頭に置いたうえで自由な連想のおもむくままに語ってもらいたい」と言います。
「まったく自由に頭に浮かんでくるようにみえる思いつきも、しかるべき理由があって浮かんできたのであり、また、一定の関連の中に位置づけられているとすれば、数々の思いつきも同じくたった一つの制約、すなわち発端となった一表象による制約を受けていることがあると結論して一向にさしつかえないでしょう。調べてみると実際にいろいろの思いつきは、その発端となる一表象によってわれわれが加えた束縛のほかに、さらにもう一つ、強い感情をともなう思想や関心の領域、すなわちコンプレクスに左右されていることを示しています。このコンプレクスがそこに同時に働いているということは、その瞬間には本人にはわからないのです。つまりそれは無意識的なのです」
「夢の要素はほんとうのものではなく、ほかのなにものかの代り、すなわち、私にはわかっていなくて夢を分析することによって見つけだされるべき、本来のものの代理物なのです」
「夢の要素に対する連想についても、そういう連想は夢の要素とその無意識的な本来のものによって決定されていると仮定してさしつかえないでしょう」と言います。

第七講「夢の顕在内容と潜在思想」
「夢の要素については(・・)他のあるものの代理物である」
自由連想によって、別の代理物を浮かび上がらせ、その別の代理物にもとづいて隠れているものを推測できるようにする」

夢の要素 = 代理物 = 意識的 = 夢の顕在内容  
⇔  本来的なもの = 無意識的 = 夢の潜在思想

夢の解釈の仕事をする時に従わなければならない三つの重要な原則
1.一見して夢がもっているような意味は無視してしまう。
2.それぞれの要素に対する代理表象を呼び起こすだけにとどめる。
3.無意識的なものが自分から姿をみせるまでは、じっと待つ。

抵抗について。「夢の解釈の仕事は、それがぶつかる抵抗にさからって遂行されるもの」
代理物 - 抵抗 ー 無意識  抵抗の度合いによって代理物と無意識との近さが変わる。