平原草々の日記

思ったこと、音楽、本の感想など

三島由紀夫『春の雪』

三島由紀夫の『豊饒の海』四部作を読んでいます。

今は、第一巻『春の雪』を読み終わって、第二巻『奔馬』を読み始めたところです。

以前、この四部作を読んだのは、高校生の頃でした。

その時の印象の深さは、『春の雪』>『奔馬』>『暁の寺』>『天人五衰』といった感じでした。

今回読み返すことで、その時の印象とはまた違った感想になるのか、あるいはならないのか、楽しみにしながら読み始めました。

まず『春の雪』ですが、とても素晴らしかったです。

一読して、その文章、文体に惹かれました。

高校生の頃には難解に思えたその文章ですが、今読むと、とても優美で典雅な日本語であり、その文章の綾、彩に感嘆しました。

内容についてある程度知っている状態での読書でしたが、中年になって読み返してみると、この作品に描かれた「恋」について、以前とはまた違った印象を受けました。

高校生の頃に読んだ時は、二人の恋が最終的に悲恋となることに対して、どこか不完全な、不満な思いを持ったように覚えています。

その頃の私は、単純にハッピーエンドを求めていたのだと思います。

しかし今読むと、この結末は、やはり必然的なものではないかと思いました。

禁を犯すことで燃え上がった二人の恋の始末は、こうした形で終着するしかなかったのではないかと感じました。

そして、悲劇的な結末が待っていると知って読む二人の刹那的な逢瀬が、今回はとても官能的で甘やかなものに感じられました。

しかし、今回読んだ中で一番印象に残ったのは、二人の恋を包む、より大きな運命の流れといったものでした。

さまざまな情景や周囲の人々を立ち居振る舞いも含めた、この作品の結末に至るまでの物語の流れが、冒頭のシーンから、最後の一文まで、周到に用意され、配分されたかのようであり、一分の隙もなく巧みに物語が進行していく様は、この物語を貫く大きな運命の流れと一体となり、読む者を最後の結末まで自然と導いていくようであり、これこそ長編小説を読む醍醐味といったものではないかと思いました。

次の『奔馬』も楽しみに読んでいきたいです。