部屋の片隅の光っている場所

思ったこと、音楽、本の感想など

エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス『願えば、かなう エイブラハムの教え』

エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス『願えば、かなう エイブラハムの教え』秋川一穂訳(ダイヤモンド社)を読みました。

原題は『Ask and It Is Given 』です。

いやあ、今まで読んできたエイブラハム本の中で、この本からが、一番パワーをもらえたような気がします。

本当に、エイブラハムの教えのエッセンスが詰まった濃厚な一冊だと思います。

正直、この本一冊ほどあれば良いのではないかとも思いました。

この本を何回も何回も繰り返し読むだけで、おそらく、かなり現実の状況を好転させることができるように感じました。

 

しかし、なぜか読むのに時間がかかり過ぎて、前回の読書記事から1ヶ月近くかかってしまいました。

なんというか、一文一文味わいながら読むと、エイブラハムの教えが、身体に浸透していくような、そんな気もしましたし、この本を持ち歩いていることだけでも、運気が上がるような気がしていたのもあったのかもしれませんが、約1ヶ月かけて読了しました。

 

さて、内容ですが、突き詰めれば、「序」でダイアー博士が書いているとおり、「物事の見方を変えれば、見えるものが変わる」ということにつきると思うのですが、これだけでは何がすごいのかよくわからないと思うのですが、この本は、めちゃくちゃ良いことばかり書いてある(良いことしか書いてない)ので、ぜび読んでくださいとしか言いようがない気もしますが、要は、「いかに、いい気分になれる考え方をし続けることができるか」ということだと思います。

なんだ、そんなの簡単じゃんと思われる方もおられると思いますが、本当に「いい気分」で居続けることは、さまざまな現実の事象を前にすると、なかなか難しいことでもあることがわかって、そんな中でも、いかに「感情のスケール」を上がっていって、良いことが連鎖的に起こってくるような状態まで達することができるのかが、実践的に書いてあります。

確かに、誰が読んでもパッピーになれて、なんの苦もない人生に変わるとすれば、そんなすごい魔法の本があるのか!ということになり、この本さえ読めば良いと思われるかもしれませんが、結局は、この本の教えをきちんと自分の中で咀嚼して、自分のマインドにしっかりと組み込まないことには、意味のないことになると思います。

私もこの本の教えをきちんと組み込めているのかは、まだまだ不確かですが、しかし、確かに言えるのは、この本を読む前と後では、確実にマインドが変わっていて、良い気分の状態でいられることが増えましたし、良い出来事が起こることが増えたように感じています。

この感じを大切に保ち続けることが重要だと思いますし、そのことに感謝することが、良いことの連鎖を続けることにとって、一番大切なことだと学ぶことができました。

受け入れ方次第では、魔法の本になるだけの力を持っている本だと思っています。

 

本当に素晴らしい本だと思いますので、今の現実の状態に悩んでおられる方に、ぜひ読んでいただきたいと思いました。

2026/8/16(日)

お盆週間が終わりました。

結果的には、とても、とても充実した一週間になりました。

14~15日は、下の子と大阪旅行に行きました。

急遽決まった旅行で、行く前は、どうなることやらと思っていたのですが、実際に行ってみると、本当に、久しぶりに、心から「気持ちいい!」と叫びたい気分でした。

この内容について書こうと思えば、とても長文になりそうですが、要は、移動することの重要性と、ワクワクする環境に身を置くことの大切さを心の底から感じたということになると思います。

やっぱり旅に出ないといけないなと、つくづく実感しました。

 

昨日の夜に帰ってきたのですが、今日は、ブックオフのセールの最終日だったので、地元の店舗をはしごしてきました。

大阪でも買った本があり、この14~16日までの三日間で購入した本は、文庫6冊、新書5冊、単行本7冊、英語学習本5冊の23冊となりました。

お盆週間の前半にも本を買っているので、この一週間で、合計約30~40冊程度の本を購入したことになります。

・・・買いすぎですね。

これから読書計画を立てたいと思うのですが、これも楽しみですね。

魅力的な本たちばかりなので、一冊一冊しっかりと読んでいきたいと思います。

 

最近、エイブラハム本を読み続けていることもあるのか、本当に引き寄せの作用を感じるようになりました。

ちょっとした偶然の出会いが積み重なったり、私が前から気にしていたこと、不安に思っていたことが遠ざかるようになったり、急に旅行に行けるようになったりと、現実が私に味方してくれている状況が続いているように感じています。

感謝の気持ちをしっかりと持って、この良い出来事を引き受け続けるようにしたいと思います。

そして、心的に負荷がかかる状況になっても、つねに、私の中の力につながって、乗り越えていけるようにしたいと思います。

 

考えたいこと、学びたいこと、触れたいことなどがたくさんあって、どれから手をつけて良いのかわからない感じなので、思考ノートをつけてみたりしたのですが、やっぱり、個々の項目ばかりで、まだつながりや全体像が見えてきません。

考えて、読んで、感じて、動いて、もっともっとこの生を燃焼させたいと心から思います。

 

ゆっくり休んで、明日からの仕事、頑張りたいと思います。

2026/8/11(火)「だから、何?」

家族で大きな街にでかける。

久しぶりの大きな本屋。

いろいろな棚を歩き回り、そこそこで興味深い本を見つけるも、結局、何も買わなかった。

古本屋で、バーゲン本をいくつか買った。

そして、最後に寄った本屋で、仲正昌樹さんの『〈後期〉ハイデガー入門講義』(作品社)を、ほとんど駆け足のように買った。

 

大きな本屋を歩きながら考えたのは、「自分が突き詰めて考えたいことは一体何なのか?そこがはっきりしないことには、どんな本を買って読み込めばいいのかわからないだろう」ということだった。

いろいろな分野の本に興味を持ちながらも、探したい答えがあいまいなので、どれもがつまみ食い程度で終わってしまって、根本的なところに届いていかないような気がしている。

まずは、自分が何を考えたいのかということを、もっと具体化、明確化して、それに沿った読書をしていかないと、道草だらけになってしまう(いや、それも楽しいとは思うのだが)恐れがある。

 

最後に買ったハイデガー本は、やはり、私の興味の領域に、つねにハイデガーの影があるような気がして、以前、仲正さんの、講談社現代新書の『存在と時間』の解説本が面白かった記憶があったので、今度は、後期のハイデガーについて解説されている内容なので、以前から気にはなっていたのだが、この度、買って読んでみることにした。

 

ずっと、買って途中まで読んでそのまま放置されている、久恒啓一さんの『50歳からの人生戦略は「図」で考える』(プレジデント社)を参考に、自分が考えてみたいことを図式化し、そこへ向けての戦略をきちんと練ってみたいと思う。

いったい何が出てくるのだろう?

自分のことながら、なんだかワクワクしてきた。

この気持ちをキープするためにも、工程表を作ってみることは楽しいことだろうと考える。

さて、どのように組み立てていこうか・・・

2026/8/10(月)「救済/期待」

そう、ただぼくらは、救われたいがために生きているのかもしれない・・・

しかし、いったい何からの救済なのか?

漠然とした曖昧な不安定なつかみどころのない不安。

それでいて、急に胸を締め付けるようなせつなさと息苦しさをもたらす斜めからの光線。

生きていることが愛おしいがゆえに死にたくなることの不思議!

ただ、生きていることが、突然、不思議な、とても奇妙なことに思えて、もう、死ぬことによってしか解決できない簡単な算数の問題のように小さく縮小して、大小や距離感が滅茶苦茶になるようなゆるやかなめまいのさなかで、この素晴らしさの絶頂において死ねたら悔いはないと、平日の昼過ぎの静かなオフィスの事務机で、書類から目を上げて遠くの壁を眺めて、ふと思う。

幾つもの生、幾つもの死を繰り返して、ぼくらは生きているのだと思うし、なぜか、急に、ただ救われることの、希求の姿勢だけが許される唯一の行為のように思えて、中断された時間の慣性に流される感覚だけが残る。

今、足をつけた小川の水は、もうつけた瞬間の水ではなく、つねに変転し、つねに流れ、ぼくの足は、次々と訪れる新たな水たちを受け入れて、そして留まる。

生が、時の流れに穿たれた奇妙な空隙でしかないとすれば、死は、単純に小川から足を抜くだけのことかもしれない。

 

ああ、ただ、書かれたものが、この私の生の形にそって、寄り添ってくれさえすれば、それだけでいいのにと思う。

 

静かに更けてゆく夜の静寂の中で、ただ、なんとなく感じ、考えたこと。

2026/8/9(日)

私にとって鬼門ともいえるお盆週間が始まりました。

なんだか、こうした長い連休を心から楽しめないのが悲しいと思います。

あるブログで、ビル・ゲイツの「Think Week」の話題があり、彼が、年に2回程度のペースで、一週間ほど人里離れた場所で読書と思索に専念する時間を設けていることを知りました。

私も、長い休みを、不安や怖れなどのネガティブな感情に支配されて過ごすよりも、このような、一人きりで読書や思考三昧で過ごす時間に充てれば、もっと建設的で充実した時間の過ごし方ができるのではないかと考えました。

おかげさまで、子供たちも大きくなり、そこまでずっと付き合っていないといけない状況からは離れつつあるので、一週間は無理にしても、数日単位でそんな時間を設けてみたいと思いました。

ネガティブ要素が先に立つ思考が始まったときは、まず、それがどうしたらポジティブに変換できるのか、そのための手段についてあれこれ考えているほうが、よっぽど楽しいということに、やっと気づくことができたように思います。

この一週間、ネガティブな出来事があっても、素早くポジティブに変換し、自分にとって充実した一週間になるように願いながら過ごしたいと思います。

 

さて、読みたい本をたくさん持って、考えてみたいことリストを何個も挙げて、私だけの、ひっそりとした山小屋にでも籠ってみますか?

そう考えただけでも、なんだかワクワクしてきました。

これが大事なんですよね。

あとは、感謝。

すっきりとした気分で過ごせるようにしたいです。

2026/8/5(水)「創造」

「創造」とは何か?

エイブラハム本を読んでいて、「創造」という言葉が出てきて、私も、この世界に生まれてきた以上、何かを「創造」したいとつねづね思ってはいても、さて、いったい何を創り出したいのか?何を創り出せばいいのか?よくわからないのが本当の所だと思う。

まだ学生の頃、音楽に憧れて、私も音楽を創り出す人間である作曲家になりたいと思って勉強していたことがあったが、結局、一曲も生み出せないまま終わってしまった。

なんというか、もっとやみくもに弾いて、学んで、創り出せばよかったのではないかと、今になって思い返してはいるものの、その当時は、創作の神秘は、本当に選ばれた者にしか与えられないと思い込んでおり、自分なんかは、才能がない、ダメな奴だという思いと、中途半端な作品で恥をかきたくないというプライドに邪魔されて、口先だけの創作家であったように思う。

このブログを始めたころには、文章を書いて、何かを生み出してみたいと漠然と考えていたが、こちらも、駄文を書き連ねるばかりで、なかなか思うようにいかない感じである。

「創造」

私がこうして生きている人生も、「創造」されたものと言えばそうだし、それがあまりに平凡すぎるとしても、平凡な人生を「創造」しつつあると思えばそれまでで、やはり、私たちは、私たちの願望以上のものは創造できないとしたら、つねに学び、考え、振り返り、味わい、鑑賞し、浴びることで私の中身を大きく成長させ、「創造」のための畑を耕していないといけないのかもしれない。

私としては、本を読んで、ピアノを弾いて、音楽を聴いて、英語の勉強をして、いろいろな人と話をして、いろいろな風景を眺めて、自分の「好き」を追求していく、自分を心地よくさせてくれるものをひたすら浴びることによって、私の中の創造性を高めていくことしか、「創造」を行う方法はないのかなと考えている。

レイ・ブラッドベリの創作論ではないですが、自分を通して世界が光り輝くような、そんな「創造」がしたいと心から思います。

やはり、それが具体的に何かというのは、今の段階でははっきりとわかりませんが、世界は変わるし、光り輝く瞬間を待っているのは確実だと思うので、私も、いつも肯定的に「創造」について思考の焦点を合わせ続けていたいと思っています。

2026/8/2(日)

八月になりました。

暑い日が続いています。

まわりでは、体調を崩す人が増えているような気がして、心配しています。

私も、暑いのは耐えられないので、エアコンと扇風機を併用して、キンキンに体を冷やすようにしていますが、この寒暖差に、体がやられないようにしたいと思っています。

 

調子は、どうんなんでしょう?

すごく良い、かと言われれば、そうではないですが、まあまあ、ぼちぼち、というところかなと思っています。

おそらく、現実が味方してくれているのだと思っています。

その点については、本当に感謝しかないです。

まだまだ不安な時期から抜け出せていないですが、「大丈夫、良い変化しか起こらない」と肝に銘じて、日々を過ごしていきたいと思っています。

 

下の子が、合唱コンクールの伴奏者に立候補し、他に立候補者がいなかったので、ほぼ決定とのことで、毎日熱心に、伴奏の練習をしています。

やっぱり、ピアノの音色はいいなと思いながら、下の子の練習に付き合っている中で、私も、久しぶりにショパンのエオリアンハープを練習してみました。

いや、もちろん、ゆっくりと、つかえながらしか弾けないですが、この響きの美しさは、下手な演奏の中においても、格別のものがあると感じることができます。

この美しい響きと流れをしっかりと再現できるように、私も、日々練習したいと改めて思いました。

 

本は、あまり読めていませんが、エイブラハム本をまとめて買っているので、少しずつ読み進めています。

また、久しぶりの英語熱とのことで、受験生時代に使用していたZ会の「速読英単語必修編」をちまちまと読んでいます。

いや、30年前にこれらの文章の面白さと、この本の有用性に気づいていたのなら、もっと違う人生になっていたのかもしれないかな、なんて思いながら、楽しく一文一文読んでいます。

また、ChatGPTを使用して、哲学的、文学的な英文を作成してもらい、ついでに単語の意味や文法上の注などもつけてもらって、学習しながら読んだりもしています。

素晴らしいツールだなと驚嘆しながら利用していますが、本当に、これさえあれば参考書なんていらないのではないかと思えてしまうほどの優秀さに、恐ろしさも感じたりします。

でも、手っ取り早く英語の能力を向上させようと思うのなら、生成AI を利用するのが一番かなと思いますし、上手に使えば、これは本当に最強の勉強ツールだと思いますので、もっと使い込んでみたいと思っています。

 

まだまだやってみたいことはたくさんあるので、「成長」と「創造」を忘れずに、日々を大切に生きていきたいなと思っています。