平原草々の日記

思ったこと、音楽、本の感想など

渡辺美里の「さえない20代」

渡辺美里さんの「さえない20代」という曲を紹介します。

以前「跳べ模型ヒコーキ」という曲で記事を書きました。

今回の曲は、その時に挙げた他にもある好きな曲の中の一曲になります。

この作品は、彼女の8枚目のアルバム『BIG WAVE』に収録されています。

作曲は岡村靖幸さん、編曲は大村雅朗さんという、私の中で、ほぼ最強とも言えるコンビの手になる楽曲です。

アルバム全体から見ると埋め草的な扱いかもしれませんが、このアルバムの中で一番好きな曲になります。

柔らかなイントロの始まりから、もう名曲の予感がします。

ホーンセクションが勢いのあるパッセージを奏で、歌が始まります。

周到なアレンジに乗って歌われる歌詞の内容から、冬の東京、クリスマス前の賑やかな情景が浮かんできます。

良く聴くと、いたるところにいろいろな音が流れていますが、それらがごちゃごちゃせず、いかにも「都会的な」センスに溢れた表情をしており、聴いているこちらも、東京で独り暮らしをしている気分になり、都会の夜の朧な灯りの中で、一人身のさみしさを感じるような気持ちになります。

曲、アレンジともに、非常に完成度の高い作品だと思いますので、ぜひ聴いてみていただきたいと思います。

大栗裕「吹奏楽のためのバーレスク」

大栗裕さんの「吹奏楽のためのバーレスク」は、1977年の吹奏楽コンクールの課題曲でした。
大栗裕さんは、吹奏楽の世界では有名な作曲家であり、「浪速のバルトーク」と呼ばれることもあるほど、関西の風土がにじみ出るような作品を残しておられます。
この作品は、大栗作品の中では小品ですが、大栗さんの音楽的特徴が凝縮されているような作品だと思っており、完成度も高いように感じています。
バーレスクは、ユーモアとか冗談とかの意味があるそうですが、音楽自体は緊張度の高いものであり、小品ながら、内容の濃い作品だと思います。
実際に、この作品を自由曲に採用して全国大会に出場した団体もあるほどで、構成のしっかりとした、聴き応えのある作品です。
課題曲の参考演奏の他に、以前、川崎美保さんの「パルス・モーションⅡ」を紹介したときに取り上げた「吹楽Ⅱ」というCDに収録された、近畿大学の演奏が素晴らしいと思って聴いています。
また、大栗裕作品集と題された、大栗さんの吹奏楽作品が一望できる、作品、演奏ともに素晴らしい音盤がありました。指揮に朝比奈隆さんが参加し、大阪市音楽団という大栗作品の理想的とも言える再現者が演奏する名盤でした。
多くの方が聴けるように、ぜひ復刻していただきたいCDだと思っています。

河出智希「斜影の遺跡」

河出智希さんの「斜影の遺跡」は、1991年の吹奏楽コンクールの課題曲でした。
この作品も、以前紹介した「深層の祭」と並んで、音楽の緊張度のとても高い作品だと思います。
しかも、外に向かって放射するパワーは「深層の祭」以上にも思え、後半のテンポの速い部分は、怒涛の展開というか、最後のトランペットソロまで駆け抜けるような勢いが持続しており、聴いていても手に汗握るような気がします。
また、技術的にもかなり高いものを要求しており、全国大会での演奏をいくつか聴いたなかでも、万全といえるものはほとんどなかったように思います。
その中で「深層の祭」の時にも取り上げた、ヤマハ吹奏楽団浜松の全国大会での演奏は、課題曲の参考演奏以外では、一番この作品の求めるものに近い演奏ではないかと思っています。
この作品は、スコアも買った思い出深い作品であり、私自身も、いつかはこんな作品を書いてみたいたいと憧れていたものです。
久しぶりに聴き返しましたが、やはり素晴らしい作品だなと改めて思いました。

出発

・・・やれやれ、とんだ場所に出ちまったらしいな。ここじゃなかったはずなんだが、どうやら途中で迷ってしまったらしい、まさかここに来るとは思わなかった。まあ、仕方ない、ここから始めるしかないか。まったく、ついてないぜ。よりにもよって、こんなとこから始めなきゃならんとはな。ええい、しゃらくせえ。ったく、なんてこった。まあ、つべこべ言っても始まらねえから、おい、始めようか。ううん?まさか、ここからさらに移動するつもりじゃねえだろうな?勘弁してくれよ。これでもじゅうぶん我慢しているんだぜ。なのになぜ、これ以上動かそうとするんだよ。もうここでいいだろ。やらかすには十分な場所だよ。いや、違うか?やっぱり、ここじゃダメか?くそっ、もう一度やり直しか。やり直しはいいけど、でもまたここに来るんじゃね?同じことの繰り返しになるんじゃね?そんなら意味ねえじゃん。おい、ここではないどこかに行くんだろう?そんなことができるのかい?無理じゃね?あーはい、できるってこと?為せば成るってこと?はいはい、わかりましたよ、じゃあ、もう一度やり直しましょうや。何度でもお供しますよ。どうせあそこには行けっこないのに、何回もするだけ無駄なように思うけどね。オーケー、やります、やりますとも。どうせ死ぬんだもんなおれたち。だったらやってみちゃいましょう。ここではないどこかに辿り着けるさ。さあさあ、出発だ・・・

三善晃「深層の祭」

三善晃さんの「深層の祭」は、1988年の吹奏楽コンクールの課題曲でした。
最近の課題曲はよく知らないのですが、私が知っている課題曲のなかでも、音楽の凝縮度で言えば、一番の作品ではないかと考えています。
とにかく一小節一小節の密度が濃く、僅か4分程度の作品の中に、さまざまな音楽要素が、ぎゅっと切り詰められて配されており、冒頭のファゴットのソロから、曲の終わりまで、集中が一貫しているように思います。
この曲の密度を超えるような作品は、なかなか出ないのではないかと思っています。
課題曲の参考演奏の他に、ヤマハ吹奏楽団浜松の全国大会での演奏をよく聴きます。

クレーの言葉

「私をこの世で理解することはできない。なぜなら、私は、まだ生まれていない者や死者のところに同居しているからだ。創造の心髄にかなり近寄ってはいるが、まだ十分近いとはいえない。私は暖かさを放射しているのだろうか?冷たさだろうか。白熱を超えるとき、こんなことは語られない。遠ざかるほど、私は一層信心深くなる。」
パウル・クレーの言葉
ズザンナ・パルチュ『パウル・クレー』より

三十三週間

ブログを始めてから三十三週間が経ちました。

最近はあまり調子が良くないです。

不安が強いというか、みたされなさが大きいというか、

なんとなく胸の内に空虚を抱えて生きているような感じがします。

何か「これ」といったものがあればいいのですが、

どんなものをみても、どこか心に適してこないというか、

パズルのピースがきちんと嵌らないような、

そんな、もやもやとした気持ちを抱えています。

仕事、生活ともに何かあったわけではないですが、

どこか、自分がするべきことをしていないような、

現実からの疎外感を感じています。

どこかにぶち当たって砕け散ってみたら、

現実感が取り戻せるような気もします。

私のすべきことはなにか?

この歳になってもまだ答えが見つかりません。