平原草々の日記

思ったこと、音楽、本の感想など

十三週間

ブログを始めてから十三週間が経ちました。

記事を書かない一週間になりました。

状態は変わりないです。

この一週間の状況ですが、かわらずボランティアに通っています。

現場の方々にもよくしていただいており、よい訓練になっています。

松本卓也さんの『創造と狂気の歴史』(講談社選書メチエ)を読んでいます。

病気が、何かを書くことに自分を駆り立てていたように思います。

治療のおかげで、今はすっかり落ち着いた状態なので、書きたいという気持ちも、落ち着いた様子です。

音楽は、Jazzを聴いたりしています。

しばらくは、あまり記事を書かないかもしれませんし、何かあればまた書き出すかもしれません。

 

十二週間

ブログを始めてから十二週間が経ちました。

状況は変わりないですが、うつ状態はほぼ収まり、

心の中では、早く働きたい気持ちでいっぱいです。

今は、以前からお世話になっている方のご厚意で、

リハビリもかねて、ボランティアというかたちで、

その方のお仕事のお手伝いをさせていただいています。

そして、再就職先も少しずつ目途が立ってきた状態です。

家族をはじめ周囲の方々の、温かい励ましや援助が、

身に染みてありがたく感じられます。

感謝の気持ちを胸に、

しっかりと前を見て歩いていきたいと思います。

日記

数年に一度訪れる英語勉強熱。

今は、基礎英文問題精講、英文標準問題精講、新英語の構文150の3冊の英文と和訳をひたすら入力する作業をしています。

今、何かの役に立つためとかそういうのではなく、ただ、自己満足のために、ひたすら入力しては読んでいます。

でも、心の中では、もう一度勉強する機会が訪れれば、その時に役立つだろうという思いをひそかに抱いてます。

その中で、学生時代に使っていた新英語の構文150について、練習問題も含めて入力していますが、ここにいい文章が多いということを発見することができました。

学生時代にこういった参考書をもっときちんと勉強していればよかったと思います。

文系の研究職などを目指す人にとっては、いずれもとてもためになる英語の参考書だと思います。

チャンスの「呪文と踊り」

ジョン・バーンズ・チャンスの「呪文と踊り」を紹介します。

この作品は吹奏楽の楽曲であり、この曲もとても好きです。

チャンスはアメリカの作曲家で、吹奏楽の世界では、この作品と「朝鮮民謡の主題による変奏曲」の2曲がとても有名だと思います。

「呪文と踊り」というタイトルから、どこか不気味な作品のようなイメージを抱きますが、実際は乾いた筆致の、コンパクトでとても充実した作品だと思っています。

タイトルの通り、前半は「呪文」の部分で、ゆっくりとしたテンポのフルートソロから始まり、若干妖しい雰囲気を漂わせながらちょっとした盛り上がりに達します。

その後、打楽器群の先導で「踊り」の部分が始まります。踊りというだけあって、速いテンポでリズミックな展開が繰り広げられ、最後はクライマックスを築いて終わります。

私は、まだ楽器を習いたての頃にこの作品を演奏することになり、とにかくリズムが難しく、楽器も満足に吹けないのにリズムも取れなくて苦戦した思い出があります。

その当時は、どちらかというと「朝鮮民謡の主題による変奏曲」の方が、アリランの旋律による変奏曲ということで、聴いていて曲の内容がつかみやすくて好きでした。

この作品は、後年、吹奏楽から離れて、客観的に吹奏楽曲を聴くようになってから、その素晴らしさに気づいたものです。

技術的なことはよくわからないのですが、聴いていると、どの部分をとっても、本当に「よく作られている」作品だなと思います。

隙がないというか、展開もあわせて完璧に近い作品のように感じています。

チャンスは不慮の事故で若くして亡くなってしまうのですが、もっと吹奏楽の作品を書いてくれていたなら、オリジナル作品のレパートリーがさら充実したものになったのではないかと思われ、とても残念に思います。

フロイト『精神分析入門』を読む②

今回は、第二部「夢」に入ります。

第五講「種々の難点と最初のアプローチ」
フロイトはまず「夢そのものがまさに神経症的な症状であり」「精神分析の研究対象となる」と言います。
夢は視覚が優位であり、その人だけが見ることのできる映画みたいなものではないかと思います。その内容を人に語るのは困難でしょう。
しかし、フロイトは、「夢をみた人が語るがままのものを、その人が見た夢とみなし、本人がなにか忘れたり、変更を加えたりしているかもしれないという顧慮をすべて棄ててしまえばいい」と言います。
眠りと夢について考察し、「夢とは、眠っている間に働きかけてくる刺激に対して心が反応する仕方なのです」と言います。
その後は夢を取り上げることのさまざまな困難について語り、最後に「白日夢」を取り上げると言います。

第六講「夢判断のいろいろな前提と技法」
フロイトはまず「夢は身体的現象ではなく心的な現象であると仮定しましょう」と言います。
そして「夢は夢を見ている人の作品であり、自己表現であるということになります」と言い「夢をみた人に向かってあなたの夢はどんな意味をもっているのかときけばいい」と言います。
そのことから「精神分析は謎の解決をできるだけ被験者自身に行わせるという技法に忠実なのだ」と言います。
「夢をみた人はその夢がなにを意味しているのかを知っているのだ、ただ自分が夢の意味を知っているということを知らないのであり、そのために自分が知らないと信じているだけなのだ」。そして「つまり人は自分が知っていることを全く知らずにいる」と言います。
これは、人間心理を考える上でとても重要なことだと思います。
錯誤行為の時と同様、夢の解釈を試みる際「われわれは、夢をみた人にどうしてそんな夢をみるようになったのかと尋ね、彼がその場ですぐに言うことをその説明とみなそうというのです。彼が何事かを知っていると信じていようと信じていまいと、そんな相違には目もくれないで、どちらへ転ぼうと本人の答えを唯一のものとして取り扱うのです」
そして「出発点となる表象をしっかり念頭に置いたうえで自由な連想のおもむくままに語ってもらいたい」と言います。
「まったく自由に頭に浮かんでくるようにみえる思いつきも、しかるべき理由があって浮かんできたのであり、また、一定の関連の中に位置づけられているとすれば、数々の思いつきも同じくたった一つの制約、すなわち発端となった一表象による制約を受けていることがあると結論して一向にさしつかえないでしょう。調べてみると実際にいろいろの思いつきは、その発端となる一表象によってわれわれが加えた束縛のほかに、さらにもう一つ、強い感情をともなう思想や関心の領域、すなわちコンプレクスに左右されていることを示しています。このコンプレクスがそこに同時に働いているということは、その瞬間には本人にはわからないのです。つまりそれは無意識的なのです」
「夢の要素はほんとうのものではなく、ほかのなにものかの代り、すなわち、私にはわかっていなくて夢を分析することによって見つけだされるべき、本来のものの代理物なのです」
「夢の要素に対する連想についても、そういう連想は夢の要素とその無意識的な本来のものによって決定されていると仮定してさしつかえないでしょう」と言います。

第七講「夢の顕在内容と潜在思想」
「夢の要素については(・・)他のあるものの代理物である」
自由連想によって、別の代理物を浮かび上がらせ、その別の代理物にもとづいて隠れているものを推測できるようにする」

夢の要素 = 代理物 = 意識的 = 夢の顕在内容  
⇔  本来的なもの = 無意識的 = 夢の潜在思想

夢の解釈の仕事をする時に従わなければならない三つの重要な原則
1.一見して夢がもっているような意味は無視してしまう。
2.それぞれの要素に対する代理表象を呼び起こすだけにとどめる。
3.無意識的なものが自分から姿をみせるまでは、じっと待つ。

抵抗について。「夢の解釈の仕事は、それがぶつかる抵抗にさからって遂行されるもの」
代理物 - 抵抗 ー 無意識  抵抗の度合いによって代理物と無意識との近さが変わる。

キリンジの「Drifter」

キリンジの「Drifter」という曲を紹介します。

私がこの曲を知ったのは、BankBnadのアルバム『沿志奏逢3』に収録されていたものを聴いたのが最初です。

この『沿志奏逢』シリーズの3枚は、どれも高水準なカヴァーアルバムだと思っていますが、特にこの3枚目が好きな曲が多く気に入って聴いています。

このアルバムを聴くまでは、キリンジについて何も知りませんでした。

たまたま「Drifter」を選んで聴き始めたところ、いっぺんに心奪われました。

曲は、愛を歌った感動的なバラードですが、それに乗る歌詞の独特の世界に驚きました。

サビに「鬱」という言葉が出てきたりするなど、あまり普通のポップスでは耳にしない表現が多く、最初は独特な感じがしましたが、この曲の場合は、曲の調子とあっているように思い、特に最後の方の表現は、とても感動的なものだと思います。

 また、桜井さんの歌唱とこの曲がとてもあっているようにも思え、まるで、桜井さんのために書かれた曲のように思って聴いていました。

すっかりこの曲が気に入り、本家の方も聴いたところ、堀込泰行さんの歌唱もとても素敵で、一気にキリンジに興味を持ちました。

キリンジは、現在でも表記、編成を変えて活動をされているバンドですが、もともと堀込高樹さんと堀込泰行さんの兄弟で活動をされていました。

特に、兄の堀込高樹さんの作られる曲が、一筋縄でいかないというか、曲も歌詞も、独特の表現をされることが多く、その中で、この「Drifter」は一番ストレートな表現の曲のように思います。

堀込高樹さんの作られた曲では「君の胸に抱かれたい」や「僕の心のありったけ」「愛のCoda」などが好きです。

また、弟の堀込泰行さんの曲では、有名な「エイリアンズ」や「スウィートソウル」などが好きです。

また以前、birdのアルバム『BREATH』を紹介した際に、富田恵一さんのことに少し触れましたが、初期キリンジを語る上で、この方の存在を忘れることはできないと思います。どの曲も良質なアレンジが聴かれ、キリンジの魅力をより一層豊かにしていると思っています。

私がお気に入りで挙げた曲は、キリンジの中でも比較的聴きやすい部類のものだと思うのですが、キリンジを聴くたびに、もう少しストレートな表現の曲があれば、絶対にもっと売れていて、多くの方に聴かれただろうにと思っています。

しかし、マニアックなところが初期のキリンジの素晴らしいところとも思え、なんとも言えない複雑な気持ちになります。

十一週間

ブログを始めてから十一週間が経ちました。

うつは嘘のように軽くなりました。

苦しかった時のことを振り返ってみると、まるで他人の生を生きていたように感じます。

自分の軸が大幅にずれてしまい、今から思えば、自分ではない誰かの苦しみを生きていたように感じます。

今は、自然な自分の状態に、どうにか戻ったのではないかと思います。

薬物療法はもちろんのこと、多くの方に助けていただき、認知、行動面で、肯定的な取り組みができたことが良かったのではないかと思います。

また、自分なりに、うつについて勉強したことも、うつという状態について客観的にみる視点を与えてくれて、底を打つきっかけを与えてくれたようにも感じます。

仕事は、いろいろな方から声をかけていただき、春に向けて、なんとなく方向性が見えてきた状況にあります。

うまくいくかどうかはまだわかりませんが、今の心境なら、なんとかやっていけるように感じます。

自信を取り戻すことが、少しずつできてきているように思います。

反面、ブログにぶつける力が落ちてきています。

それはそれで、新しい形で自分なりのブログにしていきたいと考えています。